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入院中、励みにしたこと

JUGEMテーマ:日記・一般


中学生時代、長い入院中励みにしたのは

「退院したらしたいこと」

書き連ねていったことです嬉しい

行きたい場所や

食べたいもの。

やりたいこと


いっぱい書きためていくと

励みになりましたφ(。_。*)

これは母に薦められたことなのです。

母にグチのように今やりたいことをこぼしていると

「全部書いておきなさい女

退院したら一つ一つ全部やっていこう!

どこでも連れて行ってあげるし、

おいしいものい〜っぱい作ってあげるラブ

早く家に帰ってまた家族4人で暮らそう家
と言ってくれました。

母はこの先待ち受けているだろう問題を冷静に受け止め、

その上で今目の前にあるハードルを越えることに

集中出来るように励まし、支え続けてくれました。

そのおかげで長い入院生活も、前向きに過ごしていけたように思います。

あのとき書き連ねた行きたい場所

それから成人してすばらしい友人と出会えたことで

全て行くことが出来ました。

そして食べたいもの

あれ以来

『食べたいものは今食べておけ』

的な考えが定着して、貪欲に追求しています。

食べたいものは無理をしてでも、計画を立てて食べにいくし、

毎日のご飯も大切に選んで食べています。

やりたいことも、今健康でいられているからこそ

叶えられましたし、

これからもやりたいことが見つかれば挑戦するつもりです(^_^)

励みを見つければ牢屋のような入院生活も

ちょっと長めの休息を取って次のアクションに備える栄養補給

と思えて耐えられます(笑)

at 10:06, あーちゃん, 1、中学校編

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母親の必要性

JUGEMテーマ:家庭


病気になるまで、

自分は父親と考え方やいろいろなことが似ていたので

母には「なんでわかってくれないんだろう。」という不満ばかり抱いていました。

普段は仲良くしていても、ここぞというとき不満が爆発してそのたび衝突していました。


でも病気になって、必然的に一緒にいる時間が長くなり

たくさんのことを話すようになって

彼女がどれほど自分を愛してくれていて

今力になろうと努力してくれているのかが

わかったとき、これほど力強い味方はいないと思いました。

そして彼女ほど近しい存在はこの世にいないんだと実感したのです。

母のお腹で育んでもらって、

母のお乳を飲んで大きくなったのですもの。

母にとって私の息遣い一つで今どんな気持ちでいるのか、

わかってしまっていたようです。

わかりすぎるゆえにつらい想いをさせてしまいましたが、

私にとって母がもしいなければここに今生きてはいなかったと

断言できるほどなくてはならない存在でした。


今病気と闘っている方。

とても大変で暗闇をさまよっているような気持ちで

毎日を過ごされている方もいらっしゃるでしょう。

そんな患者さんを支えるのは

患者さんを心から愛する人です。


共に闘うのは並大抵の苦労ではなく、

体力も気力も相当量必要ですが

必ず光が見えてくるはずです。

あきらめずに、支えてあげてくださいね。

あなたのその愛情が、

この先の試練に出会い絶望したときも

患者さんの命綱になってくれます。

愛してくれる人がいるということは

自分の命を大切にするということにつながるのです。

どうか、大切な人を守るためにその人を愛してあげてください。

その愛情を支えに、つらい一日を耐えることが出来るんです。

at 02:16, あーちゃん, 1、中学校編

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苦労ばかりの人生のわけ

JUGEMテーマ:日記・一般


私は今幸せです女

でも、これまでの人生は『幸せ』と一言では言いきれないことが

多かったように思います。


でも、以前テレビで

『苦労というのはそれを乗り越えられる人に

 やってくるものなんだよ』

みたいなことを言っていました。

ショックでした┌|゜□゜;|┐!!

その言葉を聞いた時も、高い壁にぶつかっていて

充分へこんで、もういっぱいいっぱいだったのです。

自分は決して強い人間だと思いませんでしたし

泣き虫でへたれの根性なしだったからです(● ̄(エ) ̄●)ゞ

今になって思うと、

そういえば苦労も繰り返すと、度合いによって

「そう深刻でもないから大丈夫」

「やばいぞ。本気で取り組まないと今回はやばい!」

「手を尽くした。あとはどうしようもない。

今はただ嵐が過ぎるのを待つしかない」

みたいにその度に自分で処置出来ていたように思います。

一つ乗り越えるたびに自分の『苦労対処マニュアル』が

1ページずつ増えていって、

確実に強くたくましくなっていけているのです。

「これが最後。もう限界っ!!」

って叫びながらも

乗り越えなくてはならない現実があって

その一日を生き延びなくてはならないんですよね。

今日、生きて眠りにつけている今が、

壁の乗り越え方を真剣に考えながら

ため息をついたり涙を流して眠らなくてもいい一日の終わりが

とても幸福であると実感できる自分が

次にくる苦労への準備をしているってわかるんです。

あといくつ苦労を乗り越えたら 

私の乗り越えられる苦労が終わるんでしょう?

あまりでっかい苦労はもういやだなぁ・・・。

もうこれ以上強くなっちゃったらかわいくないんだけどなぁ(苦笑)

 

at 21:38, あーちゃん, 1、中学校編

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感動した言葉

JUGEMテーマ:学問・学校


中学生のころ、養護学校の先生に素敵な言葉を頂きました。

1989年にもらった言葉です。

「先生、先生の言葉のように力強く生きてます!

 ありがとう」というメッセージを込めて紹介します。

いくら転んでもいいと思う。

そのたびに起き上がればいい。

長い長い一生だから、

ささいなことにつまづいたり、

でっかい壁にぶちあたったり、

私いったい何してんだろうと思ったり・・・

いろいろあって当然だよね。

でも私はそのたびごとに臆病虫が

疼き出すからやっかいなんだよ。

ヨットはね、絶対に沈まないんだって。

横倒しになっても、つかまってじーっと待ってると、

必ず起き上がるんだそう。

待ってばかりもいられないけど、

いつかきっと起き上がれると信じて

前向きに生きて生きたいと、幾度となく思いなおす。

素敵な文章ですよね。

勇気づけられました。

at 21:39, あーちゃん, 1、中学校編

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金銭面での負担

JUGEMテーマ:家庭


全身性エリテマトーデスは、

特定疾患であり

医療費の一部を負担してもらっていますが、

負担してもらえるのは医療費の一部であり、

個室代や患者の付き添いにあたる人が働けない分の補填はないため

どうしても家計に負担をかけてしまいます。

その負担は病状が重ければ重いほど増し、

蓄えを切り崩しながら治療を受けさせてもらっていました。

なりたくてなったわけではない病気ながら、

自分が原因で家計に負担をかけ

家族の将来設計を少なからず狂わせてしまった事に対して

申し訳ないと思い、自分の体を恨めしく思ったものでした。

手に職をつけるためその後、親のすねをかじり続け

短大まで行かせてもらいましたが、

そのおかげで書店に勤務することができ、

人並みにお給料を頂きながら11年働くことができたのです。

働き出してまず思ったのが、

「自分で入院費を払うことが出来るよう

それくらいは貯金しなくちゃ」でした(笑)

幸いその費用は結婚資金に移行しましたが、

今でも体調を崩してしまったときのために蓄える癖は

続いています財布

at 10:59, あーちゃん, 1、中学校編

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養護学校を出る日

JUGEMテーマ:日記・一般


養護学校での修学旅行を終えて、私は退院しました。
病棟の友達や学校の先生、看護婦さんまで見送りに出てくれて
みんな温かい言葉と共に送り出してくれました。
私は感動しながらみんなにお礼を言って、くしゃくしゃになりそうな顔を
こらえながら車に乗り込んで病院を後にしました。

また地元の学校に戻り、私のことを知っている一つ年下の同級生と
友達になれるかどうかという不安と、体力的に続くかどうかの不安。
高校受験に向けて自分の学力がどれくらいのものかという不安。
たくさんの不安を抱えながらも私は新しい一歩を踏み出したのでした。

実家はあたたかく、優しく、静かで落ち着ける私の特等席だと実感しました。

at 17:38, あーちゃん, 1、中学校編

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爪の異常

JUGEMテーマ:健康


ステロイドホルモンを大量に飲み始めて、
足の親指がひどい巻き爪になりました。
その巻き方は、よほど小さい靴でも履いて締め付けたかのような様子で
歩くたびに痛み、巻き込まれた皮膚は化膿してしまいました
イテ━━ヾ(*`ω´*)ノ━━ッ!!
まめに消毒していても、歩かないわけにもいかず、
長い間痛い思いをしながら治しました。
手の爪も白くやわらかくなって手でさわっただけで折れそうでした。

爪
↑中学生の頃のノートに書かれていました。
先生に言うと
「爪の白いのは毛細血管の血の流れが悪いから」といわれました。

at 17:25, あーちゃん, 1、中学校編

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14歳の再発

JUGEMテーマ:健康


二度目の中学校1年の1月に再発しました。
それは風邪が引き金だったように思います。
前年の10月から熱っぽさや倦怠感、めまいを訴えていました。
尿蛋白も少量ですが下りていたようで、関節の痛みやさまざまな不調が
ノートにつづられています。
「足の裏の皮膚が紫色になって歩くと痛い」

とか、
「歩くとふらふらして頭痛・吐き気がする」
「吐き気がしてごはんがなかなか食べられない」
という記述を見ると、
病状の深刻な様子がわかります。
この時ずっと飲んでいたステロイドホルモンが
プレドニンからメドロールになりました。

at 17:19, あーちゃん, 1、中学校編

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履歴書に残らない経歴

JUGEMテーマ:学問・学校


中学校1年の春に発病・入院し、
二回目の中学1年生の夏に養護学校に転校。
そして、中学校3年生の秋に養護学校から地元の中学校へ戻りました。
ちょうど中学三年生の頃、体調も落ち着いていたから退院できたのですが、
両親は養護学校からの高校受験よりも、
一般の中学校に帰って(の受験)と考えていたようです。
結局、そうすることによって私の履歴書には
養護学校の名前は残らずに済んだため、
余計な説明なしで就職することが出来ました嬉しい

養護学校が恥ずかしいということではなく、
世間では養護学校というだけで偏見の目で見られたり、
瀕死の重病であるかのように見られることが多いのです。
両親にとって、一つでも私の足かせが軽くなるようにと
配慮しての得策だったのでしょう。

at 23:04, あーちゃん, 1、中学校編

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ステロイドホルモンの副作用(躁と鬱)

JUGEMテーマ:健康


※この副作用も多量に服用していたときに限定されます。
あの頃がちょうど思春期だったこともあり、
躁と鬱の症状は顕著に出ていたように思います( ̄ェ ̄;)
とにかく『ものすごく馬鹿笑いしてはしゃいでいたと思えば、
部屋に入ったとたんつらくてつらくて涙が止まらない』のように
その時の気持ちの盛り上がりが激しくて、
ストップがきかない状態で暴走してしまっていました。
感情のジェットコースター
ちょうどそんな形容がぴったりな精神状態でした。

今考えると、「どうしてあんなに泣いていたんだろう?」と
思うようなことでも泣いて泣いて、
考えて心を閉ざしてしまったりしてしました。

近くでいた両親には本当に心配をかけてしまいました@(;・ェ・)@/反省…

at 17:04, あーちゃん, 1、中学校編

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