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信頼のおける先生との出会い

JUGEMテーマ:健康


高校にあがってから、そのあと結婚が決まり徳島を離れる時まで
診ていただいた先生に出会いました。
その先生は大学病院にお勤めで、決まった日にだけ
私の通っていた病院に診察に来られていたようです。
腎臓専門医でらっしゃったその先生は外来のみの診察でしたが
毎回しっかりと私の状態を見極め、
的確な処置と、薬のさじ加減で最良の診療を施していただきましたラッキー
その先生が個人で病院を開業されてからも
私のホームドクターとしてずっとお世話になりました。

私の質問や不安に対して、経験や臨床例に基づいた的確な回答や意見を
おっしゃっていただき、わからない場合は次の診察に回答を約束してくださる
真面目で優しい先生でした。
両親も私に不調があればすぐに「先生に連絡してすぐ診てもらおう」と
頼りにしていて、何度か両親の運転で運び込んでもらったこともあります。

自分の健康を預けるドクターはやはり信頼のおける方に
お願いしたいですよね。
皆さんはホームドクターがいますか?


at 02:14, あーちゃん, 2、高校編

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飛んだ帽子

JUGEMテーマ:日記・一般


高校生の頃、いつものようにバスを待っていると
少し遅れてバスが走ってきました。
バスの乗り口が目前に迫ったとき、
私の帽子が飛んでしまいました子供
「あっ!!」と目で追った帽子は
ふわっと浮いて橋の下まで落ちてしまいましたびっくり
私の乗るのを待つバス、
橋の下に落ちてしまった帽子、
バスに乗っている乗客から浴びせられる視線。
(゜_゜ )( ゜_゜)(゜_゜ )( ゜o゜)
私は身をひるがえして自宅へと小走りに向かったのです。
恥ずかしくて、顔が真っ赤になるのがわかりました。
涙があふれてきて、家にたどり着くまでに
顔がくしゃくしゃになっていました悲しい
帽子をかぶっているだけで人目につくのに、
その帽子を飛ばしてしまい、それが橋の下まで落ちてしまうなんて・・・。
今なら運転手さんに
「あー!帽子が落ちてしもうた(@゜Д゜@;)
拾うけん、先に行ってー嬉しい」と言えるのに、
高校生の私はもうその場を離れるのに精一杯だったのです(● ̄(エ) ̄●)ゞ

帰り着いて父のいる場所まで行き、真っ赤になった顔で
父にしゃくりあげながら
「ぼ、帽子が橋の下に落ちてバスに遅れたけん、
お、送っていって悲しい悲しい悲しい
と言うと、父はびっくりして詳しくわけを聞き、
笑いながら私を車に乗せて高校まで送ってくれました車
「あーちゃんは泣き虫やなぁ楽しい」と
笑いながら、些細な出来事に傷つきうろたえる私を
サポートしてくれました。
帽子にゴムひもだけはつけたくなかった青春真っ只中の出来事でした。

at 01:54, あーちゃん, 2、高校編

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母の支え

JUGEMテーマ:学問・学校


母には数え切れないほど世話になったのですが、
その中で高校時代の話を・・・。

高校へは車で20分ほどの距離でしたが
私はバスで通っていました。
その頃まだ高校での一日の授業を受けるのがやっとの体力だった私。
指定の鞄に教科書とノートをつめただけでかなりの重さでした。
背骨の陥没骨折の後ということもあり、
その重い鞄を持って家から5分の所にバス停があったのですが
母は毎朝私の鞄を持ってバス停まで送ってくれました家路線バス
そして帰りも私の帰るバスの時刻にあわせて、
バス停まで迎えに来てくれていました。
ヽ(*´ ∇`)ノ≡☆:*:.おかえり〜
高校3年間毎朝毎晩ずっとというわけではありませんでしたが、
高校生活に慣れるまでの間、
路面の凍結した寒い朝や、帰りが遅くなり夜道が危険な冬の日。
ずっと母はいつものバス停まで送り、待っていてくれました女
夜道を懐中電灯一つで迎えに来る母のほうがずっと
心細かっただろうに、私が帰るのをいつも寒いあのバス停で
足踏みしながら待っていてくれたのです。

私にとって高校三年間の通学は、
母と共に通った通学路でした。
今は私が送迎してあげなければいけない立場なのに
そばにいられなくてごめんね、お母さんポロリ

at 01:36, あーちゃん, 2、高校編

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学ぶために開かれた道

JUGEMテーマ:学問・学校


今から思うと、養護学校から散り散りに分かれた
戦友たちのその後を参考に見ると
定時制の高校、通信教育の高校、
専門学校。
いろいろな選択肢があったことがわかります。

自分により適した道で食べていくことができる様に
暗中模索したあの頃がとても懐かしいです。

「やらねば進まねば」と同級生たちに大きく遅れをとった私に
母は「元気でなければ勉強もできんよ。
今は焦らず体を治そう嬉しい
元気になったら何でもできるようになるけんるんるん
と勇み足の私を休ませ、不安でささくれだった気持ちに
トリートメントするような・・・
私が一番納得して安心するような言葉をかけてくれました。
時にはぶつかり合いながらも納得するまで話し合って
今選んだ道が本当に正しく後に後悔しないかを
じっくり一緒に考えてくれました。
母にいつも「お母さんはどうおもう?」と聞くと
「私はあーちゃんが元気でいてくれさえすればそれで幸せ女
というような涙の出るような寛容の言葉で締めくくるのです(笑)
焦る気持ちと少しでも休息を取りたがる体、
その折り合いをつけてくれたのはいつも母でした。

at 10:47, あーちゃん, 2、高校編

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体育館シューズ

JUGEMテーマ:学問・学校

高校生の頃、私はいつも体育の授業を見学していました。
その日は体育館での授業で、
私はいつものようにノートと筆記用具を用意して、
着替えのある同級生たちより早く体育館へ向かいました。
定位置に腰を下ろし、みんながやってくるのを眺めながら
ノートを開いてシャープペンを出していると
一人のクラスメートがやってきて
「あーちゃんて靴何センチ?」ときかれました。
「えっ?シューズは23cmやけど・・・」というと、
「ごめん、シューズ忘れたけん、貸してくれん?女と頼まれたのです。
私は戸惑いながらも、シューズを脱いで、
彼女にそのシューズを貸してしまいました。
冷たい床に靴下のままでいると、なんだか悲しくなってきました。
忘れずに持ってきたシューズを
授業が出来ない私には必要ないと見なされたことが
悲しくて悔しくて・・・悲しい悲しい

授業が終わると、汗ばんで幅の広がったシューズを返しに
その子がやってきました・・・。
汚れようもなくきれいなままのシューズながら、
母は私が持って帰るときれいに洗ってくれていたのです。
「授業に出れなくても頑張れ!」と
応援してくれてる母にも、なんだか申しわけなくてポロリ
きっとその子も何気なくしたことなんでしょうが、
私がこんな気持ちになっていることなど
ずっとわからないのでしょうね。
その子は以前「紫外線の危険性」で書いた
帽子をかぶった私を笑った人です。
健康な人は結構残酷だったりします。

at 22:41, あーちゃん, 2、高校編

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修学旅行は行っちゃダメ

JUGEMテーマ:学問・学校


高校には私の病気を告げ、通常の授業が受けられること、
体育は出来ないこと、紫外線が体に良くないことなど知らせていたため
学校生活はとても快適だったのですが、
修学旅行には「待ったパーがかかりました悲しい
理由は団体行動ゆえ、何かがあったときに対処しきれないということでしたショック
友人は先生に「私が荷物を持つからあーちゃんを連れて行ってあげて女」と
懇願してくれ、私も病状の良いことや日程に耐えられることを
詳しく先生に訴えたのですが、
担任の先生までには通じた訴えもその上までには届かず
みんなが旅行に行っている間私は
図書館への通学になりました。
行くはずだった東京へは、それから10年後。
27歳のとき友人との旅行で願いが果たせましたニコニコ

at 18:23, あーちゃん, 2、高校編

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腎生検

JUGEMテーマ:健康


高校1年生の夏休み、4日間を要して「腎生検」を受けました。
これは 腎臓を細い針で刺して、一部組織を取ってくる検査をいいます。
腎臓には心臓から送り出される血液がたくさん流れ込みます。
そのため腎臓に針を刺す腎生検は出血の危険性があるので、
経験豊富な腎臓専門医により行われる検査です。
検査による合併症がおこる可能性がありますので、
患者さんの同意を必要とする検査です。
http://www.med.nagoya-u.ac.jp/kidney/kanja/k4_jinseiken.html

1日目 入院
2日目 腎生検
3日目 絶対安静(出血があるかもしれないのでごはんも寝たまま)
4日目 退院

裸に手術衣を着た私がストレッチャーに乗せられ、
手術室に入ると、手の消毒を終えたドクターが手術着で待っていました冷や汗
早まる鼓動を抑えようとしても、徐々に高まる緊張と不安で
取り付けられた心拍計が異様な上がり方をしていました(笑)
この検査は局部麻酔で意識はしっかりしているままです。
うつぶせになり、まさにまな板の上の鯉状態で
待っていると、
「ぱちんっ!ぱちーん!」という音と同時に激痛が背中に走りましたびっくり冷や汗びっくり
その音はクリップボードのクリップをはじいている音そのものでした。
十数回その音と共に襲う激痛に耐えながら、
(「ひぃぃ〜」と細く叫びながら)やっと先生の
「終わりましたよ」の声が聞えた頃には緊張と疲労でぐったりしていました。
病室に戻された私は、
トイレもご飯も全て仰向けのまま首から下を動かさないように
言われていたため母の介護を受けながら翌日まで過ごしましたショック
検査結果は異常なく、ほっとしましたヽ(=´▽`=)ノ
あの腎生検は痛かった・・・撃沈

at 18:12, あーちゃん, 2、高校編

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高校入学

JUGEMテーマ:学問・学校


高校を選ぶに当たって、自分の偏差値を検討した結果、
ずっと養護学校で学べていたため総合選抜も夢ではありませんでした。
大学進学を目的とした総合選抜と、商業高校で何か技術を身につけるという
二択で考えてきたが、通学と授業を受けるという体力を考えて
一番近い総合選抜を受験することにしました。
県内5校あった総合選抜で「どうか一番近い高校になりますように」と祈りながら
合格発表を見に行くと、無事に希望の高校に合格できていましたヽ(=´▽`=)ノ
兄と同じ総合選抜に進むことが出来ました。学校

at 17:46, あーちゃん, 2、高校編

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紫外線の危険性

全身性エリテマトーデスになって、
気をつけなければならないことの一つが
紫外線です。
それまで、夏はプールだ海水浴だと
真っ黒になって走り回っていた私ですが、
12歳から帽子と日傘が離せない生活となりました。

どんなに気に入った帽子を選ぼうとも、
制服に帽子をかぶった私は目立ってしまい、
人の視線を集めてしまうのでした。

特につらかったのが、
高校生の頃です。
帽子をかぶって歩く私とすれ違いざま
クラスの女の子二人に
「ぷっ」と笑われて横目で見られたとき、
こんな帽子脱ぎ捨てたいと思いました。
 
今では美白命の奥様方に混じってUV加工の日傘&帽子で
人目を気にすることなく紫外線対策出来ますが、
あの頃はコンプレックスでした。

※無理して帽子をかぶらないまま太陽に当たり続けると、
頭痛が続いて発熱してしまいます。
顔も日焼けというより、やけどのようになっていまいました。

at 00:55, あーちゃん, 2、高校編

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