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本屋さんへの就職

JUGEMテーマ:学問・学校


短大を卒業まじかになっても、
いっこうに就職先は決まらず「どうしよう・・・」と
思っていた矢先に、大学から
『短期だがアルバイトをしないか?』という話が舞い込みましたびっくり

その話は「大学の図書館での本のデータをパソコンに入力する」
というものでした。
他にも雑用はありますが、短期の約束なので大丈夫だろうと
快くお請けすることにしました。
雇い主は書店の社長さんでしたが、
そのまま出向という形で
図書館への就職が決定したのです。

at 02:13, あーちゃん, 3、短大編

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生きていくためにやらなければいけなかったこと

JUGEMテーマ:学問・学校


病気になってはじめは自分の置かれている状況が
いまいち良く理解できていませんでしたたらーっ
一番はじめに「どうなるんだろう・・・」と危機を感じたのは
義務教育である中学校に通えないということでした
勉強も出来なくて、体も弱いと高校に行けないびっくり
down
将来ずっと親の世話になりながら生きていくのか!?

ということでした。

当面の目標として私が掲げたのは
(自分がどれくらい元気になれるかはわからないけど)
元気になれた時のために、
体が弱くてもなんとか一人で食べていける
技術なり教養を身につけなければいけない

ということでした鉛筆2

それで養護学校へ行くことを決め、
高校へ進み、
短大の商業科で資格をとりました。
頑張り損になるかもしれないリスクを抱え不安に陥りながらも、
最後は車の免許を取り、
司書の資格も取りました女
司書の資格は短大で取れるはずだったのですが
長期入院をしたため単位が取れず、
後に働き出してから近畿大学通信教育部 http://www.kindai-tsushin.com/
に入学し再度チャレンジしたのです。
この近畿大学を司書の資格が取れる手段として教えてくれたのが
県庁の生涯学習課というところでした。

at 10:29, あーちゃん, 3、短大編

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19歳の入院で感じた絶望

JUGEMテーマ:日記・一般

19歳で入院し、パルス療法を受けながら3ヶ月強の個室生活を過ごした間
私は押し寄せてくる絶望と孤独に耐えていました。
治ったと思って自由に過ごしていた矢先に奪われた自由。
これから恋愛し、やっとみんなと同じステージで
自分の人生をプロデュースしていけると思っていたのに悲しい
「私が何をしたというのだ」
「ここまでの仕打ちを受けるような覚えはないのに」
と、自分の運命を呪い窓から見える外の世界の
自分より少しでも幸せそうな人たち
ねたましいと思っていました泣き顔

私はここにいることさえごく少数の人にしか知られず、
愛すはずだった人にも巡り合えず
愛されることもなく一人死んでしまうのか・・・と。

自分に厳しく、やりたくない勉強もして
真面目に将来を考えて道を踏み外すこともなく生きてきたのに
最期はご褒美どころかこれか!と今までの努力を後悔し
やりたいようにやればよかったと歯ぎしりしながら
過ごしていました。

後にこの時に心に誓った
「今度もし元気になれたらこうしたい」
「あそこにだけは行きたい」
「大好きな人が出来たらこんな風に大切にしよう」
という願望を叶えるということがきつい治療を乗り切って
今の生活につながる糧となりました嬉しい

もちろん、あのときの願望は全て叶えましたよ〜⊂((〃 ̄ー ̄〃))⊃

at 10:08, あーちゃん, 3、短大編

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出られなかった成人式

JUGEMテーマ:日記・一般


中学校1年生を留年したため、短大1年生の1月に成人式を迎え
8年ぶりに元の同級生との対面を果たすつもりでいた私でしたが、
大量の免疫抑制剤・ステロイドホルモンを投与していた最中でしたので
成人式のお知らせを受けたものの、出ることは出来ませんでした。
まだ髪の毛もあれから増えるほど生えていませんでしたし、
退院してすぐに借りに行っても、素敵な着物が残っていないだろう事、
そして何より自分が華やかな席に向いていない状況に置かれていることがつらくて、
きらきらときれいに成長した同級生と同席することを避けたかったのです。
ひがんでも仕方ないのですが、
一番きれいにいられるはずの時期に、
あんな姿で人目に出るのが耐えられませんでした。

at 11:24, あーちゃん, 3、短大編

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抜けた髪の毛

JUGEMテーマ:健康


パルス療法で髪が抜けると聞いたため、
肩より長く伸ばしていた髪の毛を切りにいくことにしました。
外出許可をもらい、母と一緒に病院の前にある小さな美容院で
ショートカットにしてもらいました美容室

そのおかげで治療中から大量に抜けおちた頭髪が
それ以上に多く見えることもなく
幾分ショックも少なく済んだように思います。

抜けた髪は白血病の方が骨髄移植の時に
失うほどの量ではありませんでしたが、
半分くらいは抜け落ちました。
両親が面会に来てくれたときに
笑って「いっぱい抜けたかなぁ?女」と聞くと、
「うん・・・。」と言いづらそうに答えてくれた父が
一番つらそうでした。

at 11:17, あーちゃん, 3、短大編

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毎日お風呂

JUGEMテーマ:健康

パルス療法が終わり、結局2回の療法で済んだ私は退院までの間
病棟で一番お風呂を使用しました女
SLEだろうがなんだろうが、毎月生理はちゃんとやってきますし、
ご飯も食べて排泄もします。
きれいにすることで気持ちも幾分晴れてよかったように思います。
長く入院する私は角部屋が与えられ、
看護婦さんとも仲良くなり、
お風呂も顔パスで優先的に使用が許されましたニコニコ
清潔な下着をつけ、髪をとかしかわいいパジャマを着ることで
憂鬱な入院生活を自分なりにメリハリをつけて過ごしていました。


at 11:07, あーちゃん, 3、短大編

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パルス療法開始

JUGEMテーマ:健康


点滴を始めるにあたって、
先生からお母さんがずっと付き添って様子を見ているように言われました。
母は三日間泊まる用意をして、朝から来てくれました。
朝10時前から点滴(うすめ液)の投与が始まり、
午後1時になってパルス療法が開始されました。
胸が締め付けられるように苦しくなり、
息が荒くなりました

母は持ってきた雑誌を開いたまま
目は私を見たままじっとしていました(笑)
私の息が荒くなるたびに腰を浮かせて「看護婦さん呼んで来ようか?」
「苦しいか?」と聞きながら眉を寄せ、心配そうに私を見守っていました。
午後4時に1日目のパルス療法が無事終わりました。
それから三日続いて行われたこのパルス療法で、
私は胸痛、吐き気を訴え病室内で心電図を撮りながら
第一回目の治療を終えたのでした。

at 10:57, あーちゃん, 3、短大編

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赤ちゃんがうめないかもしれない

JUGEMテーマ:健康


次に心配したのが
「将来赤ちゃんがうめないかもしれないのでは・・・。」
ということでした。
当時19歳の私には免疫抑制剤という薬についてほとんど知識がなかったものの
かなりきつい薬だということは理解できました。
先生に震える声で聞いたところ、
「それは充分配慮して使用しますので心配ないですよ」
という答えをいただきました。
明日脳内で出血してどうなるかわからないという時にでも、
また健康を取り戻して結婚という未来を夢に見て、
その先の赤ちゃんの心配までしていた私がいました。
その頃から私は
病気を治すこと
そしてその先に普通の結婚、出産、幸せな未来を見据えて
治療を選んでいたのでしょうねたらーっ
まず病気を治すことが先決であり、
体調がよくないと結婚も妊娠も難しいであろうに
赤ちゃんの心配ばかりしていました(笑)

at 10:46, あーちゃん, 3、短大編

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パルス療法の副作用

JUGEMテーマ:健康

このパルス療法を施すにあたって
先生から副作用の説明がありました。
それは髪が抜けるということでした
「えっ?」( ̄− ̄)・・・
続く頭痛とめまいで説明を聞くのもやっとの状態で
理解した現実は19歳の私にとってとてもつらいものでした。
化粧を始めて、少しステロイドホルモンによる異常な太り方も
コントロール出来るようになってやっと今からきれいになれると
思っていた矢先に髪が抜けるとは・・・。
ふらふらした体を支えるのにつま先に力を入れてやっと踏ん張る事が
出来た私に、ドクターや両親の励ましの声も慰めも届きませんでした。

at 10:35, あーちゃん, 3、短大編

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パルス療法

JUGEMテーマ:健康


今までステロイドホルモンの大量投与でしのいでいた再発も
今回はパルス療法という
点滴で大量の免疫抑制剤を注入する方法を取ることになりました。
これは最高3回まで行うことが出来、一回につき三日間、
約二時間ずつの点滴を受ける療法らしいと説明がありました。
点滴→10日〜14日間→点滴→10日〜14日間→点滴という風に
スケジュールが組まれていました。
この点滴中は血がねばくなるらしく薄める液も入れること、
抵抗力が格段に落ちるのでトイレも個室内で済ますことを告げられました。
入院4日目でパルス療法が開始されたのです。

at 10:25, あーちゃん, 3、短大編

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