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2012年を振り返って

 
2012年は、最愛の父を失い

間質性肺炎を患い、

薬で肝臓疾患になり

心も体もつらく

娘の面倒さえまともにみられない日がありました



父を失ったあの日、

頭ではいろんなことが忙しく考えられるのに、

肩の力が入らず、

何もかもちゃんと理解できるのに「父がもういない」ことだけ

どうしても受け入れることが出来ず、

父を探して探して、魂の行き場をなくしてしまったようになってしまいました。


徳島にいけばいつでも待っていてくれる。

いつも徳島で私の身を案じてくれている。

よほどのときは父がかばってくれて、守ってくれる。

結婚して家を出てからも、ついそんな風に父を頼りにしていました。

父を失ってその存在の大きさと、自分を愛してくれていた人を失った喪失感、

そして自分がどれほど父を愛していたのかを思い知らされました。


父が亡くなった知らせを徳島に向かう道中でうけ、

一時間後にまだ温かい父に触れられたときには

父はもう手を胸の上で組み、口が開かないように固定されていました。

生前よく触れた髪に触れ、父に、間に合わなかったことを詫びている間

小さい震えを自分の体に感じながらも、号泣はしませんでした。


書類手続きを終え、葬儀社の到着を待ち、父の遺体と自宅へ帰ってからも

娘のご飯や、布団の支度でばたばたし

ゆっくりと父の横に座れたのは深夜になってからでした。


兄と葬儀社の人が帰ってから、父のそばで母と号泣し

心を解放して、父と向き合うことが出来ました。


翌日も、疲れた体ながら神経だけ張り詰めていて

朝早くから起きる事が出来、父のそばに行きました。

母は父と一緒でしたが一睡も出来なかったそうで、

朝早くから父の顔をきれいにして、

涙を流しながらいろいろと世話をしていました。

私は父が亡くなったものの、まだ体がそこにある安心感からか

心は静かで、後から後から流れる涙を拭きながら

そばに座っていました。

でも、葬儀社の人が両脇と腰に添えたドライアイスが父の体を

ずんずんずんずん冷やしていき、

触れるたびに、父の死を痛感せざるをえなかったことがとてもつらかったです。


納棺の時、父の体の床に触れた部分が紫色になっているのを見て

人が亡くなってから、荼毘にふすまでの日数が

どうしてこんなに急がなくてはならないのかを知りました。

みんなで「お父さん痛かったね、つらかったね。」とあちこちさすり、

涙を流しながら、父を棺にいれました。


葬儀の間も、何だかものを考えることが出来ず、

読経が流れる間も、娘の笑顔や、親戚や友人の懐かしい顔に

気をとられてもう父の体に触れられないことを充分に理解していませんでした。


出棺の時間は瞬く間にやってきて、父の兄弟や私たち家族が

父の枕もとに花をたむけている間、

もう一度父の頬に触れました。


父の遺骨を拾い上げる時も「これがお父さんの骨」という実感はなく、

悪い夢を見ているような感覚で、

「早くしっかりしなければいけない。

ぼんやりしてちゃだめだ。」とは思うものの

小さな箱に入れられた父を胸に抱いても

現実を受け入れられないままでした。


父の葬儀が終わって二日後の夜、微熱ながら発熱し体中が赤く発疹が出来ました。

これは、その前に患った間質性肺炎から、「肺炎になりやすいので予防のため」と

処方してもらったバクタという抗菌薬が体に合わず肝臓の障害を起こしていたのですが

父の死後、疲れがたまっていたことから発熱したのだろうと

翌日近くの病院で点滴をうち、横になることで治るだろうと思っていました。

それから一ヶ月間、発熱とひどいかゆみを伴う発疹に苦しみました。

熱にうなされ、食欲もなくなって弱っていく中で父のことばかり考えていました。

思い出すのは幸せだったことばかりで、

父の膝の上に座り、上を見上げると、焼き魚を食べさせてくれたことや

いつも車で連れ出してくれたこと、

考え方が同じで、怒りの着火点も同じだから共感できたこと、

手先が器用でいろいろなものを手作りしていたこと、

凝り性でがんこながらも、やり遂げると

みんなが驚くようなところまで登りつめられるところ、

話が上手で、話の落としどころを見据えながら、

盛り上げて、情感を入れて、私が引き込まれるのを察知しながら

にやりと笑いながらオチを話してくれるところ、

全てが大好きでした。

天国が本当にあって、父が待っていてくれるのなら

父と何日も話したいと願います。

父なら「おぉい!!こっちこっち!(^_^)ようがんばったな。」

と手招きして呼んでくれそうです。


もう一度逢えたならちゃんと育ててもらったお礼を伝えたいです。

そしてどれだけ父のことが好きだったか、

いなくなってからどれほど寂しくて心細い思いをしたか、

父に教えてもらったことや、父から受け継いだことで

どう人生を乗り切ってきたかを雄弁に語りたいのです。


そして、父の大好きだったお酒を酌み交わしながら

二人してヘベレケに酔っ払って同じ話をぐるぐる話しながら

眠りたいと願います。


来年は今年ほど悪いことが起こらないように願わずにはいられません。

母にはまだまだ長生きしてもらって、

親孝行したいから(*^_^*)











at 13:10, あーちゃん, 13、病気以外の話(出産〜娘3歳)

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